ギムナジウム教師ママのドイツ暮らし

ギムナジウム(高校)の一教師として、一母として、一日本人としてのつぶやき。

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☆ママと結婚する!

キマシタ。このせりふ。男の子は一度は口にするのでしょうか。
え、ワタシなんかでいいの?と身のひきしまる思い。

ワタシが「でもねえ、ママはパパと結婚しちゃったよ」というと、泣きそうな顔をしてみせる。思わず、「じゃあ、いいか。もう一度よっきぃと結婚しようかな」というと、、、「そのときは、でも、ママはおばあちゃんだねぇ」。。。。。。み、見事にはめられた。敵は上手だった。

彼の結論は、「よっきぃはほかの人と結婚してママと皆一緒に暮らすことにする」と言い出しました。いま我が家に旋風を引き起こしているサッカーの安藤梢選手が相当のお気に入りみたいで、「梢ちゃんと結婚したら、日本に帰らないといけないけど、ママはドイツにいるから一緒に暮らせない、、、」と、しばし悩んでおりましたとさ。
あ~あ。
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☆ママが話すとき、よっきぃの頭はドイツ語がわからないの。

先日、学校で定年退職する教員の送別会がありました。その際に、私はドイツ人同僚とちょっとした出し物を(もちろんドイツ語で)しました。時間の都合で、よっきぃも同席しまして、以下の会話。

わたくし「ママ、ドイツ語ちゃんと話せてた?」
よっきぃ「うーーーーん、、、、、」
わたくし「(えっ、やっぱ、ひどかったかぁ。)」
よっきぃ「よっきぃはねぇ、ママが話すとき、ドイツ語はわからないんだよ」
わたくし「(そこまで、ひどうございましたか。。。)どういうこと?」
よっきぃ「ママが話すときは、よっきぃはドイツ語が頭の中に入らないんだよ。よぅく考えないと、意味が分からないの。」

要するに、通常日本語モードの人間が突然ドイツ語で話すと、言語の切り替えがうまくできないんですね。(ワタクシのドイツ語のレベルの件は、この際無視~)。バイリンガルの子供の頭の中が、一瞬垣間見えたような気がします。

よっきぃは、1歳で言葉を発し始めた瞬間から、「人(しかも外見)による言葉の使い分け」を実行していました。ドアを開けて入ってきたのが日本人だったら「こんにちは」、ドイツ人だったら「Hallo!」。ところが、大学などにいくと日本語のできるドイツ人という人種がやたら多くて、金髪ドイツ人に「こんにちは」と話しかけられると、混乱起こして私の後ろに隠れていました。それからレストランなどで、韓国人や中国人にドイツ語で話しかけられたときも、彼はしばしば思考停止状態に。「ママ、この人、何人なの?」とも言っていました。

別に私が言い聞かせたり訓練したわけでなく、家庭の中でママは日本語パパはドイツ語、と、「人による使い分け」を徹底した結果、「こういう顔の人は日本語で、ああいう顔の人はドイツ語」「○○語を話す人が○○人」と1歳児なりの仮説が立てられたんですね。でも、そのルールを一般化しすぎて(言語学では「過剰般化」といいます)混乱してたのが、1,2歳のころ。(赤ちゃんって、ほんと、思ってる以上に賢いですよね。)


6歳になった今、日本人と似たような顔をした別国の人もいれば、言葉だけで国籍やアイデンティティを規定できないことも、十分分かってきています。幼稚園にもダブル国籍の子供がいっぱいいますし、彼らの国籍と使用言語とアイデンティティ(ボクは○○人)は必ずしも一致してないからです。

それでも、言語の切り替えができないのは、この切り替えスイッチが自動化されているためだと思います。すなわち、「ママ→日本語」というモード切り替えが自動的に起こるので、「ママ→ドイツ語」とモードを切替るには、労を要するといいますか。

ここら辺が、子供の第二言語習得と大人の第二言語習得の違いですね。子供は切り替えスイッチの自動化を解除するのに苦労しますが、大人は切り替えスイッチを自動化するのに苦労しますよね。バイリンガル育児をしている親に「ミックス語」を話してしまう人が多かったり、私も日本語の教室でドイツ語を多用してしまったり。。。。。
じゃあ、いったい何歳くらいまでなら楽に「自動化」が体得できるのか。言語学習の臨界期とか敏感期とか言われる時期と、一致するでしょうね。興味津々であります。


ところで、冒頭の「教員の送別会」は同僚の手作り。スピーチにコーラスにクイズショーと、さながら教員の学芸会。敬虔なカトリック信者の校長先生も、背中に天子の羽をつけてお芝居してました↓(右から2番目が校長)。
送別会

こちらの学校には「教員の人事移動」というのがないので、去っていく先生方も外部から来た「元同僚」などのゲストも、20年以上の学校史に寄与した歴史的人物。「初の女性教員」なる方もいらしてました。ドイツでも「教師には女性が多い」イメージが強かったのですが、それは幼稚園や小学校の話だそう。ギムナジウムというのは(伝統的には)進学校で、保守的な男性社会だったようです。

退職する教員の一言が心にしみます。
「私が就任した当初は、学校には女性教員が1人しかいませんでした。それが、本日は『女性教員コーラス』に見送っていただける。感無量です。」

人事異動がないと、こうやって教員のほうにも愛校心が芽生えて、よい気がします~。
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頭の中に写真があるんだよ

☆子供は詩人?哲学者?☆

よっきぃはよく「頭の中に写真がある」といいます。

たとえば、2歳のときに足にやけどをしたときのこと。
よっきぃ:「覚えてるよ。頭の中に写真があるんだよ。」

思いもせぬ漢字を知っていて、私がいつ覚えたの?ときくと、
よっきぃ:「勉強してないよ。
      頭の中に写真があるんだよ。だからわかるの。」

2歳の写真は、きっと、記憶が連続的ではなく断続的に残っているということなのでしょう。

漢字の写真は、漢字を構成要素に分析して覚えているのではなくて、字全体を図として捉えている、ということなのでしょう。


子供のこういう発言は、子供の脳の中身が垣間見えるようで面白いです。


ところで、ギムナジウムの11年生に、飛び級してきた15歳の男の子がいて、この子の頭が、まさしく写真撮影機。

雑誌、勉強、など、教えてもいない漢字をスラすらっと書いて見せます。

わたし 「いつ練習したの?」
生徒  「教科書見てたらおぼえちゃった」

この子に漢字について説明をさせると、「漢字には、常用漢字と教育漢字があって、前者は1945字で。。云々。。。。」

わたし 「どうしてそんなこと覚えてるの?」
生徒  「ネットで一度読んだだけだよ。」

脳がスキャナー型記憶装置になっているとしか思えません。れも、きっとテキスト認識機能つき。
飛び級してくるのもうなづけます。

そのうち、彼がわたしの代わりに授業をしてくれるのではないかと、うれしいようなコワイようなこのごろです。
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☆頭は電池?!

☆子供は詩人?哲学者?☆

よっきぃ(5歳9ヶ月)の一言。

「頭は、死ぬまでなくならない電池みたいだね。頭の電池がなくなったら、体も動かなくなるからね。」

すべての感覚は脳に戻り、すべての行動命令が脳から発する。

脳が働かなければ体も動かない、電池がなくなったおもちゃみたいだ、ということだそうです。

子どもの感覚は、おもしろいなぁ。
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